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カラカンさんのブログを読んで

明けましておめでとうございます。
今年も更新頻度は高くないと思いますし、現状アクセスの8割ぐらいがEテレ関係になってるんですが、また気が向いたら足を運んでいただければ。

新年一発目の記事は大喜利の話。
カラカンさんのブログのこの記事を読んで思ったことを書きます。



例のごとくカラカンさんの文章は難解なので、カラカンさんの伝えたいことをどれだけ正確に理解できているか分からないけれど、要点をまとめるとおそらく次のようになるだろう。

・大喜利PHPの本質は、「変わらない」ことと「(大いなる)内輪」であることだ
・「変わらない」原因は、人間が3分でできることには限界があることと、積み重ねてきたボケの歴史があまり鑑みられていないことだ
・「内輪」が本質であったのに、「内輪」を失ってしまったから、PHPは停滞している

・・・多少こちらに都合よく解釈を引き寄せてしまった部分はあるかもしれないけれど、大きくは外してないと思う。
ここからは、これらの主張に対する個人的な意見や感想を書いていきたい。

まず、「内輪」に関する部分については、完全に同意見。
この辺りに関して自分なりに論じてもいいけれど、あまり話を広げすぎるとまたいつかのように収拾がつかなくなって途中で投げ出すことになりかねないので、省略。

一方で、「変わらない」事に関しては、カラカンさんの主張が間違いだとは思わないものの、少し考え方にズレがありそう。
そしてその大きな原因は、カラカンさんと自分の大喜利PHP歴の違いではないかと思う。

自分は12世代、カラカンさんは14世代。PHP歴の差は1年あるかないかだと思う。
5年や6年も続ければ1年の差なんて大差ないように見えるかもしれない。ただ、2010年~2011年頃の大喜利PHPの空気をどれだけ生で感じたかということが、大喜利PHP観に与える影響は計り知れないと思う。

単刀直入に言うと、この時代のPHPの空気を知っている自分にとって、「変わらない」ことが大喜利PHPの本質でありつづけてきたとは思えない。
その時代のPHPを支えていた人々の「3分の限界を押し広げたい」という意志は今よりも強く、そしてある程度は実を結ぶことが今よりも多かったように思う。例えば「ネクスト」旋風が起き、いわゆる「単語組み合わせボケ」ブーム(という呼び方は個人的にあまり好きではないのだけど…)があったのがその時代だった。

そしてそれを可能にしたのは何かといえば、「内輪」にほかならないだろう。
内輪があるから、カラカンさんの言うような単なる「共時性の連続」を少しだけ超えて、ある程度の「共通認識」を形成していくことができる。例えば「こういうボケ方は新しくて面白いね」とか、逆に「こういうボケ方はもう飽きたからやめよう」とか。
その場のみんなが共通認識を共有していれば、その上にボケを積み重ねていくことができるから、ボケはより"高度"なものになっていく。3分でできることの量自体は変わらなくても、歴史を積み重ねた上での3分になるので、トータルではどんどん"高度"なボケになっていく。
"高度"とクォーテーションマークで囲んだのは何故かといえば、あくまでもその共通認識を共有している人のみが「高度である」と受け取れる類のものだから。共通認識を共有していない外部の人からしたら、三段落ちの三段目だけを見せられるようなものだから、「内輪っぽいなあ」とか「意味分からない」となってしまうことが多い(その最たる例があの"高速のど仏事件"や"嫌の嫌ービィ事件")。

要するに、「内輪」を利用して「変わり続けて」いた時代が、確かにあったと思う。

でも、そのような「砂上の楼閣」はあるとき限界を迎え、「内輪」もろとも崩れ落ちてしまった。
原因はいろいろあると思う。「内輪」の内部と外部の価値観の乖離が大きくなりすぎて新しく「内輪」に入ってこようとする人が居なくなってしまったこと、本当の意味で「3分の限界」に突き当たってしまったこと、等々。

その後の大喜利PHPの姿については、カラカンさんの論じる通りだと思う。
「変わること」の限界にぶつかり、「変わらない」路線に転換することで、ゆるやかに衰退しつつもなんとか生き長らえているのが、今の大喜利PHPの姿だと思う。そういう意味で、個人的には「変わらない」ことを(一応)肯定的に受け止めている。


先日行われたCS14で優勝したしきぬ ふみょへさんは(こういう真面目な大喜利論の記事で「しきぬ ふみょへ」って名前は浮くなぁ…)、「自分が優勝してしまったことに失望した。なぜなら、最近まともにPHPをしていない自分が優勝できてしまうということは、その間PHPが全く進化していないということだ」と発言し、波紋を呼んだ。
個人的には「よくぞ言ってくれた!」と思いながら聴いてたのだけど、これはまさに、ネクスト旋風を中心で支えてきて「PHPは進化し続けられるんだ!」という考えに染まっているしきぬ ふみょへさんと、「変わらない」ことが本質となった現在の大喜利PHPとのズレが現れたものだと言えるだろう。

(反論が来そうなので最後に一応付け足しておくと、内輪を利用してボケを高度化させていた時代の大喜利が全てダメだったとか無駄だったと言うつもりはない。現に、その時代に力を磨いてきたしきぬ ふみょへさんは今のPHPでも通用するものを身につけているわけで。良い物もどんどん生まれていたけれど弊害も大きかったよね、という話)



ここまで書いた所で「もしや」と思って12/18のラジオの後半部分を聴いてみたら案の定この記事に触れていた。
ブログからは読み取れなかったカラカンさんの考えがいくつか分かったのでまとめておく。

・「変わらない」うんぬんは、しきぬ ふみょへさんの発言をふまえて考えたことである
・カラカンさんから見てネクストは「細かな差異化」のひとつである

確かに、そうなのかもしれない。ネクストが「細かな差異化」なのかそれ以上の意味を持つものなのかは、12世代の自分には正直よく分からない。ただ単に、ネクストやら単語組み合わせやらの頃が参加者数のピークだったことも手伝って、(もちろん大なり小なりの循環はあるにせよ、)その辺りで初めてPHPが大きく一周したんじゃないのかな?という主観的な感覚があるだけなので、もっと古い時代のPHPを知っている方々の目にはまた違って映っているのかもしれない。

ほかにも「カラカンさんはそこまで考えた上で主張してたのか、なんかドヤ顔で書いちゃったのが恥ずかしいな」と思う箇所がいくつかあるけれど(共通認識の辺りとか)、書き直すのも面倒なのでこのまま公開します。
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コメント

[C281]

からかんです。 ブログ拝読いたしました!
僕の知らない時代のことなどを書いていただき、大変ありがたいです。
折に触れ、読み返し、僕なりに租借していくこととなると思いますが、とりあえず今は、「読みました!」という報告だけさせていただきます!
  • 2016-01-05 11:47
  • からかん
  • URL
  • 編集

[C282] Re: タイトルなし

カラカンさんどうもです!(目ざとい…)
もう少し早くラジオの後半部分を聴けばよかったですね、すいません。

本文中で主張したようなPHPの転換点は、実感としては確かに有ったと感じているんですが、実は変わったのはPHPではなく自分の方でしたーという可能性もあるので難しいですね。

P.S.タイムスケジュールの堀手かなでさんが「掘出」になってます!
  • 2016-01-05 14:19
  • mitsudomoe
  • URL
  • 編集

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