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大喜利歴5周年記念論文―きまぐれ騒動に思う―(中)

前回の続きです。(ちょっと間をあけすぎて興味が薄れてきたのは内緒)


前回のラストでボケ問答スレにおいてなされている2つの主張を挙げましたが、これらについてはおいおい触れることにして、思い出話から入ろうと思います。

今回の騒動を眺める中で日に日に強まっていった感情は、「懐かしいな」というものでした。
なぜならば、今回の騒動は、2011年に大喜利PHP周辺を揺るがせたmakosu騒動と構造がそっくりだからです。

makosu騒動を知らない方のために簡単に説明しましょう。
その夏、makosuさんを中心とする数人のグループが大喜利PHPで遊びだしました。
彼らのボケは、当時のPHPに並んでいた他のボケと比べるとやや特徴的でした。
彼らは彼らのボケ方が好きなので、必然的に仲間内で票を入れ合う確率が高くなりました。
PHPで遊んでいた他の人たちはそうした状況を快く思わず、対立が生まれ、ついにはアク禁にまで発展しました。
彼らはアク禁を突破する技術を持っていたので、その後も長期間にわたって対立は続き、こじれにこじれました。

以上がmakosu騒動の概要です。
makosu騒動が主にボケに関する考え方の対立であったのに対し、きまぐれ騒動は大喜利への姿勢に関する考え方の対立といえます。それゆえ表面的には、2つの騒動は全く性質の異なるもののように見えます。けれども、根本的には全く同じタイプの騒動だと考えています。

どちらも、「大きな大喜利コミュニティ」と「小さな大喜利コミュニティ」の価値観の衝突によって生じた騒動です。

(同じような構図の対立は今見ている2つの騒動以外にもちょくちょく起きてるんですが、その中で真っ先にmakosu騒動を思い出したのは、一番はやっぱり規模や持続性の点でここまで大きなものは他にあまり類を見ないこと、それからきまぐれさんの人柄みたいなものがなんとなーくmakosuさんを彷彿とさせたからかなと思います)

makosu騒動のとき、自分は完全に「大きな大喜利コミュニティ」の中から眺めていました。そして今、きまぐれ騒動はもっと引いた位置から眺めています。似たような構図の騒動を2つの立ち位置から見れたことはとても幸運で、多くのことを学ばせてもらいました。


さて、ここでは1つ目の主張に登場した「モラル」について考えてみましょう。

今回の件に関する「モラル」に、普遍的な正解はありません。「モラル的にダメだから」という理由で叩いている人たちの信じている「モラル」は、あくまでも「大きな大喜利コミュニティ」の中で正しいとみなされているモラルであって、いつでもどこでも普遍的に正しいものではありません。(こういうことを言うとおそらく主に日頃から匿名掲示板で人を叩いてるような人種の人から「そんなことはない!俺の主張は普遍的に正しい!きまぐれは完全に間違ってる!」という批判が出そうですが、面倒なだけなのでスルーします)


普遍的な優劣のない2つの価値観が衝突したとき、何が起こるでしょうか?

実はこの問いには今回の騒動以前から興味があって、(大喜利に限らず)いくつかの騒動をそんな視点から眺めてきました。

その結果感じたことは、やっぱり数の力は強いなということです。
大抵の場合、「小さな大喜利コミュニティ」の価値観は徹底的に攻撃され、排除されてしまいます。ひどい時は少数派の意見に「自演」というレッテルを貼って、それでおしまいだったりします。

まあ「郷に入っては郷に従え」ということわざもあるように、少数派の側が妥協することはある程度は必要でしょう。
ただ、ここには看過してはならない問題が潜んでいるようにも感じます。

それは、「大きな大喜利コミュニティ」の中の人たちはこのような一連の流れを、自らに都合よく解釈してしまいがちだということです。
実際には「多数派の側の考え方だから、正しいということになっている」と言ったほうが適切な状況なのに、「自分たちの考え方が正しいから、多数派になっている」ように錯覚してしまう。「ね、みんなもこう言ってるでしょ?だから俺達の方が正しいんだ!アンタたちは間違ってるんだ!」と、少数派の人たちを攻撃する。
そういうことが起きてませんか?ということです。


ネット大喜利の長所として匿名性、すなわち「投票する段階で誰のボケか分からないから公平に審査できる」ということが挙げられることがあります。そこから更に飛躍して「匿名性がネット大喜利の本質だから、匿名性を乱すようなボケをしてはならない」というような主張をした人もいましたね。

でもそれはあくまで表面的な話であって、もっと深い部分では「人間関係の力学」みたいなものが影響を及ぼすことが多いなあ、というのが、大喜利生活の中で身を持って感じてきたことです。
まあそれが一概に悪いことだとは思わないですし(この点についてはまた気が向いたら書こうと思います)、無理に排除するべきだとは思わないんですけど、でもやっぱり弊害は間違いなくあるだろうと思います。


大事なことは、価値観の対立はこういう問題を孕み得るということを一人一人がしっかり自覚して、自分と異なる価値観と出会ったときに一呼吸置く心のゆとりを持つこと、でしょうか(自戒も込めて書いてます)。


さて、長くなったのでこの辺でまた区切ります。
次回は残っているもう一つの主張、「普段から嫌われることばかりしてるから叩かれて当然だ!」について考えます。
たぶん次もまた一週間後です。では。
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